リンカーンはなぜ大統領になれたのか

リンカーンが大統領になれたのは一体何故なのでしょうか。

政治家というのは大体政治家の家系で生まれ育ち、良い大学に行き、それで政治家になる、というイメージを持っている人もいる事でしょう。

しかしリンカーンは丸太小屋で生まれ、特に目立った学歴もありません。

むしろ父親は教育は必要ないと考える人物であり、リンカーン自身は貧しい生まれなのです。

そんなリンカーンはなぜ大統領になれたのでしょうか。

ここではリンカーンが大統領という役職に就けた理由について解説します。

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極端な奴隷廃止論者ではなかった

リンカーンというと南北戦争の最中に発布した奴隷解放宣言が有名ですから、どうしても奴隷制に反対だったというイメージを持つ人もいるかもしれません。

確かにリンカーンについて書かれた漫画などを読んでみると、「リンカーンは奴隷制に反対だった人道的な人物である」などという描かれ方がなされていますね。

しかし、リンカーンはもともと即時奴隷制廃止論者ではありませんでした。

リンカーンが大統領になった頃は、奴隷制度を支持する民主党と奴隷制度を反発する共和党が対立していましたが、リンカーンはどちらかというと主観的な立場であったため、大統領として周りから受け入れられたと言えるでしょう。

中西部で生まれ育った

リンカーン自身は南部の中西部で生まれ育った人間です。

つまり、リンカーンの出身地は極端な北部でもなく、極端な南部でもありませんでした。

先ほどと同様、リンカーンの生まれ育った場所が中間地点であった、わりと穏やかな場所であった、ということもリンカーンが大統領になれた理由の1つです。

もしもリンカーンが奴隷制に極端に反発する北部出身であったり、奴隷制を極端に支持する南部出身であったりしたら、大統領にはなれなかったかもしれません。

つまり、生まれ育った場所がちょうど良かったと言えるのです。

民主党と共和党の分裂

この頃は確かに民主党は奴隷制拡大を視聴していましたが、それはあくまでも南部民主党であり、奴隷制が維持できるのであれば共和党と妥協しても良いと考える北部民主党と2つに分かれていました。

つまり、この頃の政治は奴隷制に反対する共和党と奴隷制を支持する民主党の2つに分かれていたというわけではなかったのです。

民主党自体も2つに分かれており、極端に奴隷制を支持していた南部民主党とどちらかと言えば穏やかな態度を貫こうとしていた北部民主党に分かれていたのです。

そのような民主党自体の分裂も、リンカーンを大統領にすることができた理由の1つと言えるでしょう。

まとめ

いかがでしょうか。

確かにリンカーンの生まれ育った家を考えると、なぜあれだけ貧しい家で生まれ育った人間が大統領になれたのだろうと不思議に思うかもしれません。

だからこそリンカーンはアメリカンドリームを成し遂げた人物として好かれているのです。

つまり、リンカーンがなぜ大統領になれたのかというのはリンカーンの立場と政治の動向が影響しており、リンカーンは尊敬され、今でも人々に好かれているのです。

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